海賊による被害が急増している、世界の海。
そんな中、ソマリア沖での海賊対策が一定の効果をおさめている。
海上での安全確保を陰で支える、国土交通省の想いを追った。
 
 
海洋国家の日本では、近海に限らず遠洋も含めた海上安全確保が国家の生命線を握っている。近年の貿易総重量の99.6%以上が船舶貨物によるものであり、海洋ルートの安全を確保することは経済の重要インフラといっても過言ではない。

この状況は日本に限った話ではなく、海上安全確保は世界貿易にとって欠かせない重要セキュリティ・マターとなっている。

歴史的な政権交代に伴い、日本の国際貢献にも世界が注目する中、今後何ができるのか? 今回は海上の国際貢献「ソマリア沖海賊対策」の立て役者である国土交通省の轟木氏に聞いた。霞ヶ関の省庁がどのような視点と行動で日本経済を支えているかに迫る。

「まず地域で説明しますと、東南アジアが海賊行為の多発していたエリアです。これに関しては、2000年以降に各国が協力して海賊対策を強化してきました。一方ソマリア沖では、その当時は年間20件程度パラパラと発生していた程度でした。しかし2008年の後半に大量発生し、同年は最終的に108件まで増加しました。私が国土交通省海事局外航課に着任したのは2008年7月。着任早々、海賊に関する海外のニュースが多くなり、ほとんど毎日海賊が発生している…これはおかしい。前任者からの引き継ぎでも聞いてないし、何かが変わり始めていると直感的に感じました。」
 
 
 
 同氏は、ソマリア沖の海賊行為が急増し始めた時の状況をこう説明する。

「海賊行為といっても、今までは基本的にコソドロの類。夜、夜錨を下ろして泊まっている船にスルスルと上がってきて、金目の物を探してさっと逃げる。武器を持っていてもサーベルか短銃程度。また基本的には、見つかったら逃げる!というのが大半のパターンです。ただソマリア沖で発生している海賊行為は、いわゆる急襲で、昼日中に走っている船に、細長くスピードの出そうな形の船に、エンジンを2つも搭載して猛烈な速度で突っ込んできてロケットランチャーを発射し、自動小銃をボンボコ撃ち込んで、船自体を止めて、船と人ごと拉致し、身代金を要求する。そのような、非常に過激な略奪方法が主流であり、今までのモノとはまったく異なる類のものでした。

(海洋国家である日本の管轄省庁として)何も対応策をしないことは、明らかにおかしなことで、当時の上司とまずは現状をきちんと把握することから始めました。まず船会社の方々にヒアリングをさせていただき、現場の声を広く聞かせていただきました。状況は逼迫したものであり、船舶の種類によっては、スピードが出ない貨物船舶はソマリア沖の航行を断念して、アフリカ喜望峰の迂回ルートも検討しているという状況でした。

 船会社の方々からは、“われわれ船会社の人間は日本の物資を運ぶため、毎日命がけでここを航行している。それに対して、国は何もしてくれていないじゃないか”との厳しいお叱りを受けました」
と、その当時の生々しい現場を述懐した。

 
 
 
 
 
 公庁では、基本的な守備範囲が決まっており、その守備範囲を超えるためには、多大な努力を必要とする。特に海外における活動ともなると、そこには省庁間の高いハードルが立ちはだかる。

ただ轟木氏とその上司は、ここで諦めなかった。

「船会社のヒアリング後、課長とともにどこまでいけるか分からないが頑張ってみようということにしました。そして、関係省庁の課長級会議を設定し、内閣官房に取り纏めのリーダーシップをとってもらうまで漕ぎ着けました。内閣官房、国交省、防衛省、外務省、海上保安庁という5者会談を内閣官房で行ったのです。ポイントとしては、“海賊が出没して深刻な状況になり、船舶会社も場合によっては迂回ルートを考えている。それを取り締まることが、国際法上なにか問題あるか”ということについて、外務省としては“国連海洋法条約では、原則的には船の国籍国が取り締まり権限を有しているが、海賊への対処は例外的に、どの国が取り締まっても良い条約となっている。日本はその条約を批准しているので、取り締まり自体は国際条約上の問題はない”との見解でした。“では海の警察である海上保安庁が対応できるのか”ということについて、海上保安庁は“ソマリアの海賊に遠洋で継続して治安活動できる船舶能力が無い”とのこと。“では防衛省はどうか?”となると、“任務遂行能力はあるが自衛隊が外国に行くことは、世論のバックアップがない限りできない”とのこと。それでは自衛隊が海外で海賊対策を行うことを世論が後押しする状況になればいいのだと考えて、そこから我々の世論に訴える努力が始まったのです。」と、当時の省庁間の調整を説明する。国土交通省にとっては、日本のライフラインを守るための戦いがここから始まったのであった。

 昨年4月、日本郵船のタンカー「高山(たかやま)」が海賊に襲われ銃撃を受けたことは記憶に新しいが、これもソマリア沖での事件であった。日本の生命線ともいえる海洋ルートが今日驚異に晒されていたこともあり、世論も急速に自衛隊の海外活動を支援する方向に舵をきっていた。

「マスコミの取材に積極的に応じて海運の大切さや海賊対策の必要性を積極的にアピールさせていただきました。それと前後して、日本船主協会のトップから、国土交通大臣に対する海賊対策に係わる要望書が提出されました。さらに、実は、その当時ソマリア沖で治安活動を行っていたのは、CTF150という連合軍でその任務の傍らに海賊対策も行っていた状況でした。インド洋で給油活動を支援している日本は、彼らにとっても仲間であるという意識が強かったので、給油活動とも密接につながっていたのです。よって経団連も記者会見のコメントで、経済界としては給油支援法延長に賛成であると述べ、結果的に海賊対策も支持をいただきました。」
 
 
「また政治面では、衆議院テロ特別対策委員会での国会質問としても取り上げて頂きました。このような一連の動きを受け、日本に必要不可欠な貨物物資や原油を運ぶ船舶を守ろうという世論が形成されていったのです」と、その当時の経済・民意・政治の動きを語った。

「最終的には、労働組合側である全日本海員組合も決断をして、船主協会と全日本海員組合と共同で自衛隊派遣を要望するという声明を発表し、新法立案もお願いすると申し出てくれました。こうして海運の労使と政治が歩調を合わせ、マスコミが世論を盛り上げ、日本が世界の海を守るという方向性が定まりました。」

「2009年の年明け頃から、霞ヶ関各省庁をまたがる特別チームは海賊対策の法整備検討を本格的に開始し、最終的に、与党プロジェクトチームの賛同の下、新法案の閣議決定と同日に現行法の枠組みでの海上警備行動が発令され、翌日から海上警備の船が出航したのです」と、実にスピーディーな実行が可能となった背景を説明する。

この流れを整理すると、①ソマリア沖での海賊事件多発、②省庁間の内部調整、③世論への訴えかけ、④国会審議・法案可決、⑤海上警備行動の発令・警備船の出航と、ソマリア沖での海賊事件多発から海上警備行動の発令・警備船の出航まで、実にその期間は8~9ヶ月程度である。日本のライフラインを守るべき、非常にスピーディーな対応がなされたのは賞賛に値することであろう。
 
 
 
 ソマリア沖と聞くと、それがどのくらい経済的な影響を与えるかイメージしにくいだろう。それは世界地図を広げると「欧州~エジプト・スエズ運河~紅海」という、船舶の大動脈がはっきりと分かる。ソマリアはその出入口に位置しているのだ。

経済面における影響に関して、同氏に聞くと「スエズ運河の通航隻数は年間18,000隻(=通過回数)あります。世界のコンテナ輸送量の約2割が通航します。その中で日本関係の船舶は年2,000回ですので、スエズ運河の通行量11%が日本の船ということになります。日本に関係するものでみると、この航路はアジアからヨーロッパへの自動車輸出の航路としての使用が40%で、定期的なコンテナ船が三分の一。原油は紅海側からもサウジアラビアのヤンブーと呼ばれる積み出し港から、日本の年間原油使用量の4~5パーセントが出ている。それがスタックすると、日本の産業が成り立たなくなるのは明白です。」と、経済に与えるダメージの大きさをまず説明する。

 また「公海はその言葉通り“公(おおやけ)の海”ですので、皆が自由に航行してよいのが大原則です。そこに出てくる海賊は犯罪者です。犯罪者がいて、罪もなき船が被害に遭遇しているときに、国として何もできなかったら本当にそれで良いのでしょうか。犯罪者がいたら取り締まるのが大原則だと私は信じていますので、それに対して、国土交通省としてやるべき使命をまっとうしただけです」と、強調した。

国土交通省のミッションについては、「我々は、外交海運の監督をしている立場におります。よって国土交通省からみた船舶会社はクライアントなのです。そのクライアントがどのような行政サービスを求めているかを確実に把握し、日本における外交海運が健全に行われることを確実にすることにより、日本の他産業へもその受益が波及するわけです。我々は職員間でもその認識を共有し、日々の業務にあたっています。今振り返れば、海賊問題が出たときは、海外遠洋という問題の性質上、当然役人ですのでコトの解決の難易度が極めて高いことは理解していました。ある意味、初めの段階でおよび腰になってしまう難題ではあります。」

「ただ我々としては、まさに信念を貫く立場でいなければいけないですし、国として治安、警察の問題なので、国家の役割分担なんです。前述しましたが、船会社の方々から、“国は何もしてくれていないじゃないか!”とお叱りを受けたことをどう受け止めるかです。例えば船員さんが撮ったすごい写真があります。AIZUという日本に関係するタンカー船舶のすぐ横にいるのが海賊なのです。この海賊のスピード・ボートから、タンカーに乗り移る際に、威嚇でバンバン打ってきます。このような状況下で毎日仕事をやってますよ!と言われると人間として心が動きます。」

「少なくとも我々ができることはやろうと。あきらめて止まっていないで、自分たちのプライドに懸けてやるべきだと。常々思っていることを、どこまで行けるか分からないが、という信念を持ちひたすら走りました。」
 
 
先日も新しい法案で対処できた、海賊撃退の事例があったが、担当者としては努力が報われたとの想いであろう。 この「海賊対処法」についての国際的な評価はどうだろうか。

「IMO(International Maritime Organization)という国連機関がありまして、そこで日本の海賊対処法が高く評価されています。背景を説明しますと、国連海洋法条約に基づき各国独自の海賊対策を行ってよいというルールがあります。各政府が実際に制定した法案はいくつかあるのですが、いずれも体系的に作成されたものではなかったのです。今回のソマリア沖海賊については、日本がこのような法案を整備したのは、国連の中でも非常に先進的で体系的だったのです。この海洋法条約で海賊を対象として法制化したと、先進的な事例として紹介されています。これを参考に体系的な取り組みを各国でも進めようと、世界でのモデルケースとなっています。国際的にも評価され、日本はこの分野でリーダー扱いになっています。」と、語ってくれた。

更に、同氏はこの想いを続ける「この海洋の話は、とても熱い話で、たとえば他国による海底資源の探査をどう規制するかなど。また島の端から200カイリの排他的経済水域については、島が荒らされたり、波で削られたりすると200カイリ分の日本のエリアが減ることになります。それをしっかり守らなければいけないのです。一歩先にでると、国益とか国境とか熱い卵がたくさんあるのです。そのうちの一つとして、国土交通省で対処した海賊の話があったわけです。」

「ソマリアについては無政府状態ですので、同国が取り締まりできないのです。この地域での海賊発祥の経緯をお話すると、取り締まりができないので、ヨーロッパ漁船が領海侵犯を繰り返し、漁民が細々と行っている漁を横目に、底引き網でごっそり持って行くような違法操業をやっていました。それと産業廃棄物の違法投棄なども。それでは生活できなくなると漁民たちが立ち上がり、護衛してそのような船を追い払うための自衛団がルーツと言われています。」生きるための防衛手段が発端であることも充分理解しているというのも、心に響く。

最後に国土交通省とは、どのようなところか、また職員の資質についてはどのような特徴があるかを総括してもらった。

「国交省は、監督権などが非常に多岐・広範囲におよびます。船も飛行機もあれば街も道路もある。ローカル路線があれば、外国も見ている。政策論だけではなく現場も見ているので、集まってくる情報は多種多様。実に沢山あります。でも最終的にそこに気づくかは、個人の問題意識の高さだと思います。そういう意味では、国土交通省には問題意識の高い人が多く存在し、パブリックマインドに富んだ人にとって、非常にやりがいのある環境が揃っている場所だと思います。」

 国家を守るという心意気と信念が同省には広く浸透していることに、改めて気付かされる。

 
企業名 国土交通省
事業内容 国土の総合的かつ体系的な利用、開発及び保全、そのための社会資本の整合的な整備、交通政策の推進、気象業務の健全な発展並びに海上の安全及び治安の確保を図ることを任務としています。
募集職種 ■I種事務系職員
■I種技術系職員[土木系] (河川局/道路局/都市・地域整備局関係)