日本の経済活力の向上を目指し、様々な政策を行っている経済産業省。
幅広い分野に関して政策を企画立案する同省であるが、
今回は特に、日本の新たな主力産業ともなりうるコンテンツ産業の
海外展開促進政策について話を伺った。
 
 
 
経済産業省とは?
経済産業省は、日本の中央省庁の一つ。日本の経済活力の向上を目指す政策運営を行うことで、世界経済全体の更なる発展に貢献している。また、エネルギーの安定供給などの政策により、地域や日々の生活の安全・安心を確保する役割も果たしている。






コンテンツ産業の市場規模の推移
出所)PricewaterhouseCoopers「Global Entertainment and Media Outlook:2006-2010」
(2006年6月発表)※1ドル=110円換算
出所)デジタルコンテンツ白書2007
 
 
近年、日本のコンテンツ産業は頭打ちの状態が続いています。この状況を打開するには、もはや海外に展開するしか道はないのです」とは、経済産業省で日本のコンテンツ産業のグローバル化の陣頭指揮を執る野澤泰志氏の言葉。さらに同氏は言う。「世界全体のコンテンツ産業の市場規模は、2001年から2005年の間に25・4%と大きく成長しているのに対し、日本のそれは同期間でわずか0・4%しか伸びていません」

 コンテンツ産業とは、映画やアニメや、マンガ、ゲームなど、エンターテインメントコンテンツかつ、デジタルデータとして放送・通信により流通可能なものを中心とした産業のことを指す。日本の中央省庁である経済産業省では、今、このコンテンツ産業を世界に展開すべく、様々な政策を行っているというのだ。

 しかし、マンガやアニメ、ゲームといったジャンルは、車や電化製品と並び日本の代名詞とも言える産業だ。これらが、世界に展開できていないとは到底思えないのだが、一体どういうことなのだろうか。まずは、先出の同氏に、日本のコンテンツ産業の現状について話を伺った。
 
 
中国・インド・日本のコンテンツ産業成長率
 
 
「コンテンツ産業というのは、経済が発展し中産階層が増えて来ている時に最も伸びる産業なのです。近年ではBRICs、特に中国やインドでは、年間20%近くという目覚ましい成長推移が見られています。逆に日本のように、所得水準が一定まで達した場合、以降は単価や人口の上昇がない限り、大きく変動することは起こりにくいのです」
 確かに、コンテンツ産業は『贅沢品』の部類に入る代物。生活にゆとりが生まれて、初めて需要が発生するというわけだ。かと言って、裕福になればなるほど伸び続けるわけもない。裕福だからという理由で、毎日映画を鑑賞しに行く人は少ないであろう。となれば、先の言葉の中に出てきた「人口」というフレーズを聞けば、日本の今後のコンテンツ産業の行く末は、素人目であっても容易に想像できる。少子高齢化が進み、人口の減少が予測される日本では、今後コンテンツ産業の市場規模の縮小が予測されます」
 
 

本題に入る前に下図を見て頂きたい。これは、各コンテンツの海外輸入額と輸出額をまとめたものだ。ゲームのみ際だって輸出額の方が上回っているが、その他のコンテンツではすべて輸入額の方が上。日本のアニメやマンガは世界中で飛ぶようにヒットしているということを良く耳にする。それにしては、輸出額が奮わなすぎる印象を受けるのだが、これには何かカラクリが隠されているのだろうか。

 「ゲーム以外の輸出額が伸びていない、その要因の一つに、大半のコンテンツにおいて、基本の収益モデルが売り切り制であることが挙げられます。海外での展開は、日本のコンテンツ制作会社が、海外の企業に放送や販売等のライセンス権を販売する形で行われるのが主流です。海外における権利は海外企業にあるため、海外で大ヒットしても、一番儲かるのは海外企業。日本の制作会社はノーリスクで収益が得られる反面、見返りも少なくなっているのです」

 日本のアニメやマンガは世界中で高い評価を得ていて、浸透もしている。それでも輸出額が奮わないのには、このような販売形態に要因があったのだ。では、ゲームはどうなのであろうか。
 「ニンテンドーwiiや、プレイステーション3など、ハードウェアというプラットホームがあるのがゲームの強みです。例えば海外企業が製作したソフトをプレイするにも、ゲーム機本体は必ず必要になります。また、ゲーム業界は日本のコンテンツ産業で唯一、グローバル化が進んでいる業界でもあります。多くのソフトメーカーが海外に現地法人を設立しているため、海外における販売網が整っているのです」

 しかし、順風満帆に思えるゲーム業界にも課題はあるという。
 「ソフト業界は近年伸び悩んでいます。これは、すべてのコンテンツで同じことが言えるのですが、現在はあくまでも日本向けに作った製品を海外用にローカライズして販売しているに過ぎません。今後、さらに海外で受容されるには、企画段階から海外の趣向に合わせた作品を製作する必要があると思われます」
 
 
 
 
海外展開の現状
■ ゲーム業界
 
 

ニンテンドーDSやPSPが発売された、2005年のハードウェアの輸出額は7,086億円。ゲーム機本体を押さえているのが、ゲーム業界の最大の強みだ。ソフト会社に関しても、多くのメーカーで海外での販売拠点が整っているため、ダイレクトなビジネスが可能。
 
 
 
 
■ 映画・アニメ・マンガ・出版業界
 
 

日本の制作会社が、直接海外に出て行くことは少なく、大半は海外企業からの提案を受け、それに応じる形でライセンス権を販売するというのがメイン。海外でのビジネスはライセンスを取得した海外企業が独自に行い、日本は関与せず。収益も海外企業に落ちる仕組みだ。
 
 
 
 

日本のコンテンツ産業の現状を理解した上でなお、腑に落ちない問題がある。世界中で高い評価を得ていて、海外での実績も十分にあるにも関わらず、なぜゲーム業界を除く日本の製作会社は自ら世界に展開しようとしないのだろうか。その要因を野澤氏に伺ったところ、意外な返答が戻ってきた。
「業界や企業規模によって状況は異なりますが、日本企業が海外展開へ消極的な最たる要因、それは『意識』の問題。それに尽きると思います。日本のコンテンツ産業の市場規模は、成長は止まったとはいえ、国別で見ればアメリカに次いで2番目のシェアを誇っています。海外に現地法人を作るにしても、それにはコストが掛かりますし、海外展開で失敗した場合のリスクも伴います。現状、国内の需要で十分な収益が見込めるのであれば、無理して海外に出る必要はない。多くの企業がそう考えているのだと思います」


 コンテンツ産業のグローバル化の妨げになっているのは、皮肉にも、世界有数のコンテンツ大国となった、日本の市場規模だった。この大きな市場がある故、敢えて世界に出る必要がなかったというわけだ。日本のコンテンツ産業の海外依存度は、アメリカのそれが17・8%であるのに対し、わずかに1・9%。日本がいかに国需に頼っているかがわかる。
 
 





世界全体の市場規模・地域別の占有率
 
 
出所)PricewaterhouseCoopers
「Global Entertainment and Media Outlook:2006-2010」
(2006年6月発表)※1ドル=110円換算
 
 
世界展開は「リスク」ではないまずは成功事例を作ることが重要

日本のコンテンツ産業がさらなる成長を遂げるため、または人口が減少し、国内の市場規模が縮小してもなお発展し続けるため、経済産業省は現在、様々な政策の元、コンテンツ産業のグローバル化を支援している。まず大きな試みとして、JAPAN国際コンテンツフェスティバルの開催が挙げられる。これは、約1ヵ月半という一定期間中に集中的に、映画やゲームやアニメ、音楽等、各種コンテンツ関連のイベントを執り行うといったプロジェクト。これにより日本の制作会社が、世界へ向けて作品を発信する場が整備され、現在、または今後どのようなコンテンツが出てくるのかを海外の投資家にアピールすることが可能となった。過去の開催では来場者数が約80万人を記録するなど、すでに国内外を問わず高く認知されている。また、一定期間中に集中的に開催しているのにも狙いがあるのだという。

 「例えば、日本のマンガやアニメ、小説などは、それらが持つシナリオ性やストーリー性というものも、海外から高い評価を得ています。これらは実写化もしやすく、現にハリウッドでも「マッハGOGOGO」をはじめ、日本のアニメの実写映画が多数製作されています。マンガやアニメという単体のコンテンツとしてだけではなく、このストーリー性というものに注目し、例えば映画の原作、実写化という形でハリウッドと繋がる。こういった、コンテンツ間のジャンルを超えた展開というものも視野に入れています。イベントの集中開催には、海外の投資家が来日した際に様々なジャンルのコンテンツに触れてもらおうという狙いがあるのです」

 他にも、事業者同士の商談の場として、コンテンツ国際取引マーケット(TIFFCOM)を創設したり、日本のプロデューサーを海外に派遣し、海外での企画発表の場を提供。海外との共同製作をサポートするJ-Pitch事業を展開したりと、日本と海外を繋ぐ場は確実に広がってきている。また、J-Pitch事業においては、同事業のマッチングにより実現した、日本・中国・オランダの合作映画「トウキョウソナタ」が、先に開催されたカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門にて審査員特別賞を受賞するなど、確かな成果が現れている。
 日本のコンテンツ産業が海外展開するのに、現在最も効果的なのは、こうした海外企業との共同製作だと野澤氏は言う。

 「日本向けのコンテンツをただ輸出しているだけでは、本当の意味での海外展開は計れないと思います。企画段階から海外と共同作業を行い、現地のニーズに適応した作品を創っていくことが、海外での受容に繋がると考えています。また、海外企業との共同制作の場合、海外の市場に進出しやすいという利点もあります」

 日本は技術がないわけではなく、ただ『意識』が海外に向いていないだけ。日本のコンテンツ産業のグローバル化は、この意識の改革によってもたらされる。

 「今は、こうした国際共同製作の支援を通して、海外へ飛び込むきっかけを作っている段階です。最近では「レッドクリフ」や「呪怨2」など、民間での日本と海外の合作作品も多く出てきており、これは素晴らしいことです。そして成功を収めている作品も多数あります。この成功した事例を少しでも多く輩出していくことこそが、現在は最も重要だと考えています。成功事例を多く出し、海外展開はリスクではない、チャンスなんだと。こういったことの積み重ねで、日本のコンテンツ産業界の『意識』を海外へ向けることができると考えています」

 経済産業省は、グローバル化の戦略として大容量高速通信網を通して、PCや携帯電話にコンテンツを配信するという、展開モデルも試作しているという。これが可能となれば、日本にいながら海外展開を計ることができるようになる。しかし、本当の意味での海外展開、海外の受容を受けるには海外を意識したコンテンツの製作が不可欠。その時のためにも、現在の試みは必須なのだ。

 日本のために、将来にわたって日本が活力ある社会であり続けるために、経済産業省は進むべき道を常に切り開いている。
 
 
経済産業省の政策を一部紹介

個別の産業の発展を後押しするだけでなく、日本経済全体の発展の基礎となる政策を実施している経済産業省。日本企業の問題解決のための各種支援や、消費者と企業、企業同士などの利害調整、新たな産業や中小企業の発掘・支援、資源やエネルギーの安定的確保・安全な供給など。その幅広い政策の一部を紹介する。
 
アジア経済・環境共同体の構築を目指して
通商政策

日本企業の国際展開及び最適な国際機能分業体制(サプライチェーン)の構築を支援。世界、特にアジアの発展に貢献し、アジアとともに成長することを目的として進められているのが通商政策だ。WTO、EPA(経済連携協定)により、物品貿易のみならず、サービス、投資、知的財産等、幅広い内容をカバーすることで、自由かつ公正なルールに基づく市場経済を構築。また、資金協力・技術協力といったODA(政府開発援助)も活用して、事業環境の整備、経済格差の是正にも取り組んでいる。東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)を最大限活用し、将来的には「アジア経済・環境共同体」の構築を目指している。
 
日本らしさを世界へ
JAPANブランド育成支援事業

日本各地には、地域の歴史や文化の中で育まれてきた、素晴らしい素材や技術など、「地域の強み」が数多く存在。JAPANブランド育成支援事業は、地域一丸となって、それら地域の強みを活かした製品などの価値を高めていくことを目指し、新商品開発、海外展示会出展支援や、多言語WEBサイトによる国内外を問わぬ情報提供などを実施。旧来の製品を現代の生活に適合させ、海外の市場にも眼を向けながら、時代や国境を越えた製品価値を創出している。同事業を通じ、経営基盤の強化と地域経済の活性化に貢献していくこと、さらには、日本らしさを表現しつつ、世界に通用する「JAPANブランド」の実現を目指している。
 
日本を人材面から豊かにする
社会人基礎力育成への取組
 
 
今後の産業界を支える人材を育成するため、「社会人基礎力」という評価システム体系を構築しました。「社会人基礎力」とは、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」といった、私たちが職場や地域社会で働く上で必要な力のこと。最近では、新聞や雑誌等でも頻繁に取り上げられ、「社会人基礎力」育成の取組は社会全体に広がってきています。この取組を通して、大学は社会で求められる人材を育成し、企業は大学の取組を適切に評価するという信頼関係の醸成。そして、学校段階における学生の努力が、社会での活躍に繋がる社会システムの実現を目指しています。
 
 
通商産業省から経済産業省になり、役割はどう変わったの?
中央省庁等の改革に伴い、省名が通商産業省から経済産業省へと変更されたのは2001(平成13)年のこと。様々な法律や制度を活用し、時には行政指導なども行いつつ、戦後の経済発展を牽引してきた通商産業省時代。経済産業省として新たな出発を切ったあとも、日本経済における重要な位置づけは変わっていない。一層のグローバル化が進む近年の経済情勢下、日本のみならず世界経済全体の秩序と発展に寄与することを目指して政策を立案、運営している。民間主体の国境を越えた経済活動が活発化し、世界経済がますます一体化するなか、日本が直面する環境変化に対応して、内外一体となった経済産業政策を実施しているのだ。
 
 
欧州でジャンプコミックが大人気!!
欧州ではここ数年、マンガ市場が急拡大しており、日本のマンガも数多く出版されている。特にフランスでは、2005年「NARUTO」(集英社)の最新刊が11万部の売上を達成するなど、絶好調。各国で「ドラゴンボール」(集英社)と双璧を成すタイトルとなっている。
 
 
日本はアメリカと並び自由の国
輸入コンテンツの制限など、世界中の大半の国で自国のコンテンツを保護する規制が敷かれている。言わば、これがグローバルスタンダードであるのだが、日本はアメリカと並び、まったく国産コンテンツを保護する規制がない。これは、敢えて保護・メディア規制を敷かないことで、自由なコンテンツの創造を促しているのだという。表現の自由こそ、日本コンテンツの強みなのだ。
 
 
カンヌ映画祭「ある視点」部門
トウキョウソナタ

2008年/日本・中国・オランダ合作作品
プロデューサー:木藤幸江
監督:黒沢清
キャスト:香川照之、小泉今日子、井川遥J-Pitch事業より実現した、日本・中国・オランダの合作作品。ごく普通の家族に訪れた崩壊、そして再生までの道のりを、家族の絆をテーマに描かれた人間ドラマだ。
 
 
経済産業省
商務情報政策局
文化情報関連産業課

課長補佐
野澤泰志さん

東京大学法学部卒業後、2001年経済産業省入省。以来、流通政策、特殊法人改革、政策評価、石炭政策等に携わる。2007年コロンビア大学(行政学修士)。帰国後は現職で、日本コンテンツ産業の発展に献身している。