単なるグローバルトレーダーから「新産業イノベーター」へ。

三菱商事のビジネスモデルは、かつての輸出入のトレーディング(取引仲介)メインの業態から、近年、大きな変貌を遂げた。

飛躍的な収益拡大を果たした、同社の新しい姿を追う。
 
 
 
第1部
 
 
 

 「ラーメンからロケットまで」──

 その広域にわたる事業領域から、総合商社を表現するのに、良くこんな言葉が用いられる。これは例え話などではなく、実際に総合商社は、食料品、日用品、自動車に資源、さらには金融にも介入すれば宇宙開発にも関与する、とありとあらゆる事業を手がけている。今でもその事業領域の広さに変わりはないが、ここ最近とひと昔前とでは、そのビジネスモデルは大きく変貌を遂げている。現在の総合商社を表現する際は、先の言葉にひと言付け加えて頂きたい。

 「ラーメンからロケットまで。川上から川下まで」と。

 上のグラフは、総合商社の最大手、三菱商事の当期純利益の推移を記したものである。バブル崩壊から2001年頃まで、俗に言う「失われた10年」の間は、概ね500億円以下。2000年に至っては、その額は300億円を割っている。経済界で「総合商社不要論」が囁かれたのも丁度この時期だ。しかし、それからたった7年後の2007年期。驚くなかれ、同社の純利益は2000年の15倍以上、約4158億円を計上しているのである。もちろんこれは、景気の拡大だけが要因ではない。これには「バリューチェーン」というキーワードのもとに展開されている、新しいビジネスモデルに依るところが大きいのである。
 
 
 
 
 

 冬の時代を乗り越え、近年、三菱商事が飛躍的に業績を伸ばしている要因は、一つに積極的な事業投資が挙げられる。三菱商事をはじめとする総合商社各社は、従来の貿易業、輸出入の取引仲介業に加え、様々な分野への事業投資によって、近年収益を拡大しているのである。例えば上の図。これは、食料・食品が原材料から消費者の手に渡るまで、三菱商事の介入を、過去と現在で比べたものだ。青字で記してあるのは、三菱商事が投資参入し、連結子会社、または持分法適用(持株比率20%以上50%未満の)会社となった、いわゆる同社の関連会社である。これまでは、企業間で「モノ」の取引が行なわれる場において介入するに留まっていたが、近年、同社は流通に関与するあらゆる過程において積極的に事業投資を行なってきた。その結果、原料の生産から消費者の手に届くまで、現在はどの過程においても三菱商事の関連会社が介入するに至っているのだ。図を見てビックリした方も多いのではなかろうか。有名なところでは、ローソンやケンタッキーも、三菱商事が投資している、同社の関連会社なのである。こうして流通のあらゆる場面に投資参入することで、原料の生産から商品の製造、さらには問屋卸売から消費者への小売まで、まさに食料・食品の流通における川上から川下まで、すべてで自らが関与できるシステムを構築。そして、このシステムこそが、先の「バリューチェーン」と言われるビジネスモデルなのである。

 バリューチェーンの構築は、様々な付加価値の連鎖を生む。例えば、原料の生産から消費者の手元に届くまで、すべてを管理下に置くことで、安全性の高い、高付加価値の商品を製造することが可能となった。また、バリューチェーンの隅々までを理解することで、同社の持つ資源や機能と照らし合わせることにより、新しい発想も生まれる。今回は食料・食品を取り上げたが、このバリューチェーンは、同社が手がける事業すべてで展開が進んでいるのである。
 
第2部

エネルギー事業グループ

石油・ガス価格の高騰、中国やインドといった新興国企業の台頭など、エネルギー資源を取り巻く環境は、ここ数年で激変している。そんな状況下であっても、安定してエネルギーが供給されている日本。その裏側には、同社の様々な取り組みが隠されているのである。
 
 
 
(上)エネルギー事業グループが関与する主な海外プロジェクト
 
 
 
 

 日本が世界有数のエネルギー消費大国であるということはご存知であろうか。電気やガスの資源として用いられる液化天然ガス(LNG)。このLNGに限れば、世界の産出量の実に約4割が日本に輸入されているのだという。そして、三菱商事は好調なエネルギー事業の中でも、特にLNG事業を強みとしており、需要が高い日本のLNGの約4割の供給を手がけているのである。まずはLNG事業を例に、エネルギーが我々の手元に届くまでの流れを大まかに見てみよう。

 海外でのプロジェクトが大半のエネルギー事業においても、川上から川下まで、バリューチェーンはしっかりと構築されている。まず、資源国でLNGの原料である天然ガスを産出。そして採掘された天然ガスは、輸送しやすくするために液化し(天然ガスは液化することで、体積が600分の1まで小さくなる特徴がある)、LNGを生産。輸送船へ積まれて日本へ輸入される。そこから電力会社やガス会社へ販売され、最終的に電気やガスとなって、我々の手元に届くというわけだ。同社は、海外の企業や資源国へ事業投資することで、これら行程すべてに関与しているのである。

 そしてこれは、日本へエネルギーを安定供給する上でも、非常に効果的な役割を担っているのだという。例えば、同社は日本で初めて、アメリカの貯蔵基地へのLNG投入権利の確保に成功した。これは、単純にアメリカへの販売展開が見込めるということ以外に、もうひとつ大きな役割を担う。エネルギー事業部に長く在籍し、最近のエネルギー資源を取り巻く状況にも明るい、同社広報担当者は次のように語った。

 「貯蔵基地を持つことで、日本のLNGの急な不足にも対応することが可能となります。基本的にLNGの契約は長期で締結される事が多く、契約した時点で年間の供給量が決められています。そのため、急な過不足に対応することが困難なのです。しかし、海外基地にLNGを持ち込む権利を確保していれば、日本で急にLNGが不足した場合は、海外から仕向地を日本に変更することが可能となります。バリューチェーンにより、輸送機能も整っているため、迅速な対応も可能です」


※LNG…液化天然ガス(Liquefied Natural Gas)の略。天然ガスは-162℃まで冷却すると液体になり、体積が600分の1に減る。これにより、一度に多くの輸送が行なえるというわけだ。
 
 
 
 
 

 資源を持たない日本にとって、エネルギーの供給ストップほど怖いことはない。ご存知の通り、エネルギーは限られた資源である。生産し続ければ年々埋蔵量は低下していく。同社は、日本へエネルギーを安定供給するために、毎年毎年、新規権益獲得の手を緩めず、積極的な資源投資を続けているのだという。そして現在進行中のLNGの新規開発プロジェクトにおいては、新たな成長の局面を見出している。

 「これまでは、資金力や日本へのマーケット力を買われ、オイルメジャーと共同で、LNGの新規開発プロジェクトに参画してきました。しかし、現在展開中のドンギ・スノロLNGでは、初めて我々のリードの元、プロジェクトが進められています。我々の意思決定でプロジェクトを仕切るのも、工場の操業に携わるのも初めてですが、LNG事業に参入してもう40年。これまで培ってきたノウハウを活かし、プロジェクトを動かしています。これを通じてLNG事業展開の拡大、多様化を図り、さらなる強化を目指しています」

 新規プロジェクトには、莫大な費用が必要なため、基本的に複数の資本を集めて展開される。その中で三菱商事がプロジェクトをリードできるようになれば、エネルギー産業において、新たな事業展開につながる可能性もあるだろう。
 
(写真)ブルネイの天然ガス液化工場
 
さて、最近は中国やインドといった新興国企業の台頭で、エネルギー権益の獲得競争が熾烈を極めていると聞く。その中で、三菱商事が日本に安定してエネルギーを供給できる要因。同社のエネルギー事業における強みとはどこにあるのであろうか。広報担当者に聞いた。

 「長年にわたって築き上げてきた、国内外の需要家との信頼関係と情報ネットワーク。そして、産ガス、産油国と、社会貢献を通じた長きにわたる関係が、弊社のエネルギービジネスの強みです。社会貢献というのは、教育支援や雇用創出、あと例えば、40年間お付き合いをさせて頂いているブルネイでは、東南アジア最大の太陽光発電所の建設。そのプロジェクトを弊社が全面バックアップさせて頂いております。こうしたひとつ一つの積み重ねが信頼を生み、パートナーとして、お互いにとって良いビジネスが行なえるのだと思います」

 日本にエネルギーを安定供給するためにやってきた長年の取り組みが、今では強みと変わり、同社のエネルギー事業を支えているのである。

 アジアでの需要拡大に伴い、エネルギー事業は、さらにグローバルな販売展開がしやすくなったと思われる。しかし、その現状を知った上で広報担当者は言った。

 「日本にエネルギーを安定供給することは、私たちの使命だと考えています。どれだけアジアの市場が活況でも、日本を度外視して展開することは、絶対にありませんよ」