これまで見たこともなければ、聞いたこともなかったドライサーフという製品名。
実は、この製品が日本のデジタル製品の高品質を陰で支えていると言ったら驚くであろうか。
我々が知らないところで確かな働きをしているドライサーフ。
それは、世界にも認められる日本発の優れた製品なのである。





Scene.1

 
 
 
 
 
プラスチックの板がツルツル滑る

 「なんじゃこりゃ!」
その不思議な体験に、思わず言葉が出た。
 目の前に置かれたビン。中には乳白色の液体が入っている。見た感じ、牛乳よりもとろみはなさそうだ。担当者はビンの蓋を開け、あらかじめ用意してあった刷毛(はけ)にその液体を染み込ませた。そして、ビンの横に置いてある黒いプラスチック板に、刷毛を走らせる。驚いたことに、塗られた液体は、板に付着するとほぼ同時に乾いていく。塗ってから1~2秒後には、もう黒いプラスチック板に液体はない。刷毛が通った跡には、液体が乾いてできた白い跡だけが残っていた。
 「白い部分を指でなぞってみて下さい」
担当者は笑みを浮かべて、プラスチック板に残った白い痕跡を指差す。言われた通り、白い痕跡の上を指でなぞってみた。すると、
  『滑る!』
指がツルツル滑るのである。まったく摩擦を感じない、何とも不思議な感覚。白い跡から指をはずし、プラスチック板のほかの部分を触ってみる。滑らない。やはり「滑る」要因は、残された白い跡。液体を塗って、白く跡が残った部分だけ明らかに滑るのだ。しかも、何度となく指を滑らせても、プラスチック板に付着した白い跡は、消えることがなかった。
 
 
身近な精密機器にドライサーフ

 この不思議な液体の名は「ドライサーフ」。株式会社ハーベスが1992年に開発した、ドライ潤滑剤という分野に属する潤滑剤である。塗布部位に瞬時に、薄く均一なフッ素の膜を作りあげ、滑らせるだけでなく、消音効果ももたらすという優れもの。今回体験させて頂いたのは、その中でも速乾性が高い、完全ドライタイプというカテゴリーの製品だ。
 潤滑剤とは摩擦や摩耗を防ぎ、モノとモノが接合する可動部分の動きを滑らかにするために用いられる物質のことだ。男性ならわかると思うが、ラジコンやミニ四駆を組み立てる時、ギアの部分に用いたグリース。あれも潤滑剤である。ただし、グリースのように触るとベタベタする油性の潤滑剤は、粘着性が高いためゴミが付着しやすく、また溶けやすい。精密機器では故障の原因になることも多かったのである。その点ドライサーフは、サッと乾き、塗布部位をフッ素の膜でコーティング。精密機器を汚れから守る。さらに、一度塗布しただけで何十万回もの動作に耐え、熱にも強い。従来の油性潤滑剤の弱点を見事に克服したのである。
 これまでまったく聞いたこともなかったドライサーフだが、実は我々は、すでに日常生活の様々な場面で、気付かぬうちにその恩恵を受けている。例えば、折りたたみ式の携帯電話。なぜ、あれほど滑らかに閉じたり、開いたりできるのか。答えは、ヒンジ(=ちょうつがい)部分にドライサーフ等が使用されているからである。例えば、デジタルカメラのオートフォーカス。なぜ、あれほど滑らかにピント調整ができるのか。答えは、レンズ部分にドライサーフ等が使用されているからなのである。その用途例を挙げたらきりがない。ドライサーフは「小さくて可動式」のあらゆる部位に使われている。こと精密機器においては、いまや日本では、なくてはならない製品なのである。
 
 
Scene.2
 
 
 


中国の市場に大きな可能性を感じた

 不思議な液体、ドライサーフ。その開発元である株式会社ハーベスは、創立して約20年と、潤滑剤メーカーとしては歴史の浅い企業である。しかしこの会社は、ソニーや松下電器、キヤノンなど、日本の数多くの大手企業を取引先に持っているだけでなく、ここ最近、海外、特にアジアで大きなシェアを誇る企業へと急成長を遂げている。日本発、同社から生まれたドライサーフは、日本を飛び越え、世界でも高い評価を得始めているのである。今回は、同社の代表取締役で、ドライサーフの産みの親でもある前田氏と、同社の海外展開プロジェクトの第一人者である西田氏、両氏に、ドライサーフの海外展開の模様を伺った。
 ドライサーフの海外展開は、兼ねてから取引先であった、日本の大手企業に寄り添う形で始まった。大手企業がマレーシアやインドネシアに製造工場を設立。それを機に、日系企業の海外工場へ輸出を開始したのが始まりだ。しかし当時は、輸出先は日系企業の海外工場が中心。現地企業との取引は、それほど行なっていなかったという。同社が本格的に直接海外の企業と取引を始めるようになったのは、近年、日本企業の多くが中国に展開してからだ。日本企業の現地工場への輸出が目的で向かった中国で、前田氏はその市場に大きな可能性を感じたのだと言う。
 「当初は今まで同様、日本の取引先企業の現地工場や現地の下請け企業へ輸出をしていたのですが、目覚ましい経済成長を遂げている中国では、自動車メーカーが100社ほどもあり、多くのローカル企業が凌ぎを削っていました。その現状を見てチャンスだと思ったのです。アメリカやヨーロッパなど、すでに産業が成熟している国と比べ、かつての日本がそうであったように、成長段階の国は、どんどん新しいものを取り入れようとする傾向があります。中国には、まだドライ潤滑剤そのものが浸透していなかった。そこで、日系企業から飛び出し、現地の企業に直接ドライサーフをプレゼンして回ったのです」
この戦略は見事にはまった。それまでドライ潤滑剤の存在を知らなかった中国の企業は、その不思議な液体を目の当たりにし、「こんな潤滑剤があるのか」と、目を丸くしたという。また、同社の日本での実績、大手企業を取引先に持っていたことも、知名度の低かったドライサーフが中国企業に受け入れられるのに、大きな効果をもたらした。「○○社が使っているなら、間違いない」と。



■海外展開メカニズム
 
 
現在は直接現地の企業と取引を行ない、シェアを拡大している。ドライ潤滑剤は、世界でも取り扱っている企業が数社しかないと言われるほどニッチな製品。今後はBRICsの「R」と「I」、インドやロシアへの展開を目論む。
 
唯一無二の製品を素早く提供

 こうして序々に中国での知名度を上げていったドライサーフだが、何もドライ潤滑剤、その物珍しさだけが、シェアを伸ばした要因ではない。国内外を問わず同社が強みとしていること、それは「高付加価値とスピード」にある。
 潤滑剤は、同じカメラメーカーであっても、用途や塗布部位によって、求められる品質が微妙に異なるという。そこで同社は、取引先企業のニーズに合ったベストな潤滑剤を提供するために、各企業の要望に合わせ、既存の製品をカスタマイズして提供しているのである。また、営業部と同じビル内に研究開発施設を併設しているのも特徴。これにより、取引先企業から依頼を受けた後の、素早い対応を可能としている。この点も、海外で受け入れられた要因だと分析する。
 「本来潤滑剤は、提案してすぐに契約が結べるような製品ではありません。環境に対応できるか、不具合は発生しないかなど、提案先企業で一~二年、何度もテストが繰り返され、それに合格してようやく正式採用と
なるのです。しかし海外、特に中国企業の場合は、三ヶ月で正式採用まで辿り着くこともある。とにかくスピードが早いのです。そのスピードに対応できる体制が整っているのが、弊社の強みだと思います」
とは西田氏の言葉。唯一無二の製品を素早く提供する。そして、改善要請を受けた際の対応も早い。こうして信頼関係を築き上げていったドライサーフ、そしてハーベスの評判は口コミでも広がり、現地の企業からの問い合わせも増加。中国、さらにはアジアにおけるシェアを拡大していったのである。



ドライ潤滑剤よりドライサーフが有名に

 当面の目標は、「アジアや新興経済国での基盤をさらに強固にすること」とした両氏。現状、アメリカやヨーロッパでの展開は日系企業の海外工場との取引が中心だ。それでも、口コミや英語版のHPを見て、直接現地企業から問い合わせが入ることもある。先日も、デンマークの大手医療器具メーカーからの問い合わせを受け、受注に至ったという。ドライサーフは、自動車や精密機器に留まらず、「小さくて可動式のモノ」なら何にでも対応する潤滑剤である。世界的な認知度はまだ低く、海外展開の可能性は無限に広がる。最後に前田氏に、ドライサーフの最終目標を聞いた。
 「ドライ潤滑剤という名前は知らなくても、世界中の誰もがドライサーフのことは知っている。もっともっと認知度を上げて、いずれはドライサーフが普通名詞として、世界中の人に認知されるようになりたいですね」
日本発のドライサーフという製品名が、ドライ潤滑剤の代名詞として世界共通の言葉になる。同社の挑戦はまだ始まったばかりだ。
 
 
■ 株式会社ハーベスの主要取引先

名だたる大手メーカーを取引先に持つ同社。この実績は、海外企業との交渉においても、多いに効力を発揮したという。日本国内においては、大手カメラメーカーすべてが、ドライサーフを使用している。


■ 海外輸出先

・韓国
・中国
・フィリピン
・タイ
・マレーシア
・シンガポール
・インドネシア
・アメリカ
・イギリス など
 
 
オゾン破壊係数“0”ドライサーフは環境にもやさしい
様々な用途に対応するドライサーフには、完全ドライタイプやセミウェットタイプなど、複数の品質の製品が存在する。中には、オイルや水分を弾くことを目的とした、オイルフェンス剤と呼ばれる製品もある。そのすべてでオゾン破壊係数はゼロ。世界中で地球環境への意識が高まっている昨今。地球にやさしいドライサーフが注目を浴びるのも頷ける。