1995 年大妻女子大学文学部卒業後、山一證券に入社。同社社内向け経済番組のキャスターとしてキャリアをスタート。その後、松下電器グループ社キャスターなどを経て1999 年、米資本の経済専門放送局、ブルームバーグに移籍。2003 年より米国アリゾナ州サンダーバード大学大学院へ留学。MBA 取得後帰国し、2005 年より日経CNBC経済キャスター。
 
 

日本人であることを主張し、自らのプレゼンスを高めることに力を注いだ海外での経験は、今、日本経済を分かりやすい言葉で伝え、世界と日本を結ぶ架け橋として、日本経済のプレゼンスを高めることにステージを変えた。
 


――もともと、証券会社でキャリアをスタートされましたが、どういうきっかけで経済キャスターになられたんですか?

 最初はしゃべる仕事には全く興味がなかったんです。ちょうど大学を出たのが運悪く超就職氷河期といわれていた時代。ついこの間までは「バブル」といわれ、誰もが浮き足立って就職も超売り手市場だったのに、この現実は何なんだと。大人たちが勝手にバブルをつくって崩壊させておいて、何もしていない私たちがなぜこんな目にあうんだと怒りに満ちていました。しかし、それがどうやら「経済」や「景気」に関係があるらしい、そして、その謎を解くには証券会社に入ればわかると思い、一般職で山一證券に入社しました。

 経済の最先端を動かす市場関係の
ことをしたいと思っていたのですが、与えられたのはニュースを読むという仕事。経済の最新情報をいち早く届ける、社内向け経済番組でのキャスターでした。市場関係の仕事への諦めもつかないまま、仕事を続けていた1997年、入社してから3年が経とうとしていたとき、突然会社が自主廃業を発表しました。これが大きなきっかけになりました。
 
2008年3月31日放送の「夜エクスプレス」1周年記念の特番で、竹中平蔵さんと中谷巌さんを迎えて。
 
――なろうと思ってなれるものでもないような気がします。実際に、どうやってキャスターという職業への道を切り拓いたのですか?

 私にとってのキャスターの仕事は、自分が最も興味のある「経済」「金融」にコネクトできる唯一の接点だったんです。キャスターの仕事なしでは、経済に携われないことがわかっていました。だからこそ、何とかしゃべり手としてのキャリアを積みつつ、将来、当時の日本ではまだ珍しかった「経済キャスター」になってやろうと、影で粛々と経済の勉強を続けていました。

 自分の勤めていた会社が破綻したのをTVで知るという経験をして、これからは会社に頼らずに自分自身の力で生きていきたいという思いもあり、倒産直後はフリーランスの道を選んだんです。そこからは自分で仕事をとるために、あちらこちらのTV局(キー局、地方局、CATV等)に大代表から電話をかけて営業をしました。ここで超氷河期に就職活動をした時の経験がいきるわけです。自分をアピールすることがとても得意なんです。もちろん、何件も断られるんですが、私の強烈なアピールや熱意をくんでくれる人もたくさん出てくるんですよ。通常、宣材となる写真や映像VTRとかを持って、営業活動をすると思うのですが、そういった類のものが必要なことすら知らなくて、情熱だけを持って突撃したわけです。そうすると徐々に専属のレポーターや新番組のキャスターの仕事のオファーをいただけるようになりました。証券会社出身で何のコネ
クションなく、事務所も入っていない25歳の女の子が、そうやってキャスターになっていく。パッションをもって臨めば、叶わないものはないですよ。
 
 
――なぜMBAへの留学をしたんですか?

 正直、MBAでなくてもよかったんです。

 私の中で、山一證券が倒産した時点で、何かが変わった。それは、自分自身で生きていく力だとか、自分の将来を見据える力だとか、社会に接するためのポジショニングとか、人生が一気に振り出しに戻った感覚でした。日本人はよく、「○○会社の○○です」という言い方をしますが、その時点で私は一個人として社会と対面していたんです。そんな中で、独学で勉強し
てきた経済をもう一度、一からアカデミックに学びたいと思ったことや、その経済の最先端をのぞいてみたいという思いや、仕事を一段落して新たなステップを探し出したいという思いの中で見つけたものが、結果的にMBAでした。別に、MBAという資格が欲しかったわけでもなかったし、海外で英語を取得したいという即物的なものでもありませんでした。
 
 
――MBA留学を通じて得たものは何ですか?

 「自信」です。

 今まで独学で経済を学び仕事をしてきましたが、一から体系的に学ぶことによって、経験と理論が一致しました。これが大きな自信につながりました。また、下手な英語で、ネイティブたちを前に発言しなければ単位を取れませんでしたので、羞恥心がなくなりました。つまり、どんなに自分が言語というハンデを負っていても、自分の言いたいことさえはっきりしていれば、何とかなるという自信が持てたのです。


――自信が持てると何が変わるのでしょうか?

 自信が持てると何事も効率化しますよね。だって、裏付けを探す時間や認識を共有する人を探さなくてもいいんですから。結局、「自信」とは新たなステージに上がる時の最終審査である気がするんです。人が何と言おうと、自分自身に自信が持てなければ、躊躇して前に進むことができませんから。

 例えば、私は先日、イギリスのブレア元首相にインタビューをさせていただいたんですが、全く緊張せず、平常心で臨みました。確かに、私にとって首相クラスの人に会うのは初めてのことでした。しかし、これまで、世界有数の企業の経営者や政治家、経営の父と謳われた著名な教授へのインタビューをさせていただいてきた中で、私が私の目線でしか見られないこと、私の目線だからこそ質問できることなどを伺ってきて、彼らと対等に話してきたという自信がありました。それは、実際、彼らにとっても刺激的な視点だと指摘も受けました。

 私が彼らと同じ立ち位置に立つ必要はなくて、私は例えば視聴者や読者とそれらの著名人との間に入るメディアにすぎません。ただ、限られた時間内で、彼らの言葉をわかりやすく、正確に、限りなく深く引き出すこと、それが私の仕事だと思っているんです。それは、必ずしも私が彼らと同じ知識レベルを持つことではないし、経験を持つことでもないんです。ただ、自分の立ち位置、自分の考え、自分の目線に自信を持つ。この自信を持つことで、どんな相手とでも人と人として、対等に話すことができるのです。
 
 
――国際人の資質とは何だと思いますか?

 英語が話せることではないと思います。

 もちろん、英語はグローバルな舞台に立ったときに必要なツールかもしれません。しかし、究極的には同時通訳の方をつければいいわけですから。問題は、自分自身に自信が持てるか。考えてみてください。世界の人が全員同じ言語を話すとしたら、あなたは国際人として自信を持ってほかの国の人と語り合えることができますか? やりあうことができますか? 人間性も大事だし自分が生きてきたプロセスも大事です。そして、今やっていることやこれからやろうとしていることをあなたは自信を持って語れることができるでしょうか。肩書きも何もかもとっぱらって、人間として体当たりができる人間、それが国際人なのではないでしょうか。


――以前から視聴者として気になっていましたが、番組放送中、デスクの上のパソコンには何が表示されているんでしょうか?

 パソコンの画面では、QUICKというデータベースで為替や米国の先物の動きを確認しています。また、外国のメディアであるロイターやダウジョーンズ、ウォールストリートジャーナル、フィナンシャルタイムズのほか、米国商務省や原油先物の相場、企業決算がある場合は、企業のHPなどを出していて、本番中、横目で確認しながら番組を進めています。放送時間がちょうど欧米市場が動いている時間なので、重要なニュースが相次いで出てきます。そのため、ゲストの方とのインタビューの最中に、それらのニュースを英語で確認し、インタビュー直後に即座に視聴者の方に伝えるようにしています。正確な情報をいち早くお伝えしないといけないので、時々、ルー大柴さんみたいに「消費者物価指数は、フードプライスがライズしたことで、アップしました」「○○会社が○○の会社の買収に関するディールに一歩クロースしたようです」といった不親切な情報提供になってしまうこともあるんですよ(笑)。

――実際に活用されていたんですね。格好だけかと思っている視聴者も多いと思うので、ここで解決できて良かったです。

 そうなんですよ。私が日本中のメディアの中で一番早く欧米市場の情報を流す。これをモットーにしていますから。
 
3/31【mon】Time Schedule
 
 
8:00 ~
出社。最新の経済ニュースを確認。
14:00 ~
その日の番組に関する情報収集をはじめる。東京市場をチェックしながら、勉強を開始。
16:00 ~
ミーティング。
16:30 ~
その日のトピックの勉強&欧州市場の動きやニュースなどをチェック。
18:00 ~
ミーティング。
18:15 ~
ご飯を食べながら勉強&欧州市場の動きチェックと海外最新ニュースをチェック。
19:00 ~
最終ミーティング。
19:45 ~
本番用の化粧に入る。メイクさんとの雑談で緊張をほぐす。
20:00 ~
再びニュースをチェック。
20:30 ~
ゲスト到着。本番前のミーティング。
20:55 ~
スタジオ入り。番組の進行など最終確認。
21:00 ~
本番スタート。
22:15 ~
本番終了。ゲストとともにミーティング。