武田薬品工業株式会社。日本の製薬業界において売上高1位の業績を誇る同社は、世界各国に拠点を持つ、日本有数のグローバル企業でもある。2007年度、1兆3千億円強の売上高のうち、海外での売上は6千億円以上と、全体の約5割を占めている。

 しかしながら、海外で生活していてもその名を耳にすることはあまりない。一体どこで約6千億円もの売り上げを作っているのか、と疑問を持った方も多いと思われる。それもそのはず、同社の売上の大半は医療用医薬品。いわゆる病院で処方される医薬品で計上されているのだ。医師が処方する薬剤メーカーは、大衆薬と異なり多くの規制があるため馴染みはないであろう。しかし今後は、病院で薬を処方してもらった際、医薬品の名前をインターネット等で調べてみてほしい。そこには「TAKEDA」の名前が見つかるかもしれない。タケダは、我々があまり気づかないところで、世界中の多くの人を救っているのである。

 さて、「グローバル企業」といっても、その事業形態は、①日本で開発した製品を海外へ輸出し、海外メーカーを通して販売する。②海外に生産拠点を設け、販売は現地メーカーと共同して行う。③開発から生産、販売までのすべてを、海外の自社の拠点で行う。と、大きく3段階に分けられるのだが、タケダのそれは、まさに3段階目に到達している。今から40年前、1962年の台湾での製造・販売会社設立を皮切りに始まったタケダの世界進出。今や日本・米国・欧州、各地域に研究、開発、販売拠点、それぞれを設立するに至り、各地域で大きな成果を上げている。そしてこれは、今後のタケダ成長のカギを握る要因としても注目されているのだ。

 その理由は「製薬ビッグバン」の加速化にある。「製薬ビッグバン」とは、医薬品の世界統一市場化を意味する言葉だ。医薬品を取り扱うには、どの国であっても非常に厳格な規定が定まっており(日本であれば厚生労働省から承認されないと販売することはできない)、その承認制度は地域や国ごとに異なる。つまり、日本で承認されている医薬品であっても、アメリカで取り扱うには、アメリカでの承認が必要。また、その逆も然り。ちなみに承認制度が違うと、承認を得るために別の研究が必要となり、お金も時間も手間も、国の数だけかかる。それを今、世界で統一しましょう、ということで動いているのだ。

 世界の市場が統一されれば、約80兆円とも言われる世界の製薬市場全体がマーケットになる。しかし、それは同時に、世界中の大企業が容易に日本に進出できることも意味する。製薬業界は今まさに大きく変わろうとしている。日本の最大手であるタケダは、どのような戦略を持って、来たる新時代へ挑むのであろうか。今回は製品と戦略、2つの側面からタケダのグローバル戦略を追っていく。
 
 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
同社は国際戦略製品として4つの製品を挙げている。そして、これら製品の実績を見ると、タケダの理念

『優れた医薬品の創出を通じて、人々の健康と医療の未来に貢献する』

が、「理想」や「願望」といった類のものではなく、成長を続ける「企業」としての真の理念なのだと気付かされる。

 リュープリン、タケプロン、ブロプレス、アクトス(いずれも日本での製品名)、日常生活ではおよそ聞き慣れない、タケダが創出した4つの医療用医薬品。この4製品の合計売上高(2007年度)は、約8900億円にも及ぶ。これは同社、同年度の総売上高の約65%を占める割合。それをたった4つの製品だけで計上しているのだ。そして、海外での売上高に限れば、その割合はさらに如実で、総売上高に占める4製品の売上高が占める割合は、約85%に及ぶ。

 このことが意味する本質を考えてみて欲しい。武田薬品工業株式会社が企業である以上、経営するためには当然ながら、利益を生み続ける必要がある。では、そのためにはどうすればいいのかと考えた時、辿り着く最短のルートは、まさに先の理念。人々の健康と医療の未来に貢献する、優れた医薬品を創出することではなかろうか。例えば4製品の中で最も売上高の大きいアクトス。これは世界70カ国で販売されている糖尿病の治療剤だが、その年間の売上高(2007年度)はアメリカだけで3000億円以上。優れた医療品の創出、それが企業にもたらす利益の大きさを認識するに十分な実績であろう。

 新薬を創出するには、10年以上の歳月、そして約500億円という膨大な費用がかかると言われている。しかも成功確率は低く、大半は研究段階で姿を消していく。それでもタケダは、毎年毎年、多額の研究開発費をかけ、新薬の創出を目指しているのだ。
 革新的な新薬を創出すれば、国や文化に関わらず認められることは、国際戦略4製品で実証済み。世界中の人々の健康や、医療の未来に貢献でき、会社にも利益をもたらす。タケダの経営理念は、非常に理に適った理念なのだ。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
2006年に米国のバイオベンチャー、シリックス社(現在の武田サンディエゴ(株))を買収。アメリカにおける研究拠点の第1号を築いたタケダは、同年のうちに、イリノイ州ディアフィールドに、38万フィートに及ぶ、武田ファーマシューティカルズ・ノースアメリカの新社屋も落成するなど、アメリカにおける基盤を着々と強化していく。そして今年、国内製薬業界歴代1位の買収額でミレニアム社を買収した。要した額はなんと約8900億円だ。

 さて、この買収には、今後の製薬業界を見据えた戦略が少なくても3つはあると考えられる。1つは、世界最大の医薬品市場であるアメリカでのラインを強化すること。世界の医薬品市場は、この10年間で約2倍に拡大している。中でも急成長したのがアメリカ市場であり、そのシェアは約50%まで伸長しているのだ。成長し続けるアメリカ市場での活動を重点化すること。これは、今後もタケダが持続的に成長するための欠かせないファクターと言える。

 2つ目は、ガン領域の強化が挙げられる。ミレニアム社はガン領域の研究を得意としており、すでに世界85カ国以上で承認されている新しいガン治療剤、ベルケイドを保持している。今後、さらに新しい新薬が創出されれば、一気に同分野での世界的リーダーに躍り出る可能性も出てきた。ガンという世界的にも注目度の高い分野で飛躍できれば、この買収に要した多額の費用も決して高くはないはずだ。

 そして3つ目。それはバイオ医学分野の強化である。バイオ医学は、ここ十数年、ヒトゲノム(人間の遺伝情報)の解読に伴い急激に発展した医学のことだ。従来の新薬研究は化学の分野に属していたのだが、バイオ医学では生物学の知見と技術が用いられる。異なる角度からのアプローチとなるため、これまで効果の高い治療剤が発見されていない病気に対しても、革新的な治療剤創出の可能性を秘めているのだ。今後も成長が見込める同分野の強化は、長期的に見ても必須であろう。

 「製薬ビッグバン」の加速により、いよいよ本格的に「日本発の世界的製薬企業」になるための、新たな成長局面を迎えたタケダ。製品と戦略、2つの8900億円は、今後同社にどのような効果をもたらすのか。グループ全体で共有するタケダイズムの下、まずは同社が目標として掲げた、2015年度自社医療用医薬品売上高、2兆円達成を目指す。