ガラスメーカーとして知られるAGC旭硝子。
だが、ガラス分野のほかにも、電子分野や化学分野においても、
世界をリードする、日本でも数少ない国際派メーカーだ。
そんなAGC旭硝子が世界で展開する知られざる化学製品の現在・未来に迫る。
 
 
「AGCグループ」と言われてもピンとこない人も、「AGC旭硝子」といえば、ご存知の方も多いはず。
 ガラス屋さん? 確かにそう。ガラスに関しては世界屈指のシェアを誇る老舗メーカーである。「AGC」とは、旭硝子株式会社が創立100周年を迎えた2007年9月に、世界的にグループ・ブランドを統一するために掲げた新しいブランドネーム。かつての旭硝子という和名から、ドメスティックで古めかしいというイメージもあるかもしれないが、実は1956(昭和31)年にインドへ進出。これが第2次世界大戦後に日本の民間企業として初めての海外進出であった。その後、積極的に世界展開し、現在では38カ国に拠点を置き、また、売上比率でもほぼ50%を海外が占めるほど。

 ただの老舗ではなく、「商社よりも国際的な素材メーカー」と表現する方が正しいかもしれない。そんなAGC旭硝子には「ガラス分野」以外でもディスプレイなどの「電子分野」、様々な素材を開発する「化学分野」という事業の柱がある。実はこれらの分野でもガラス分野に負けず劣らず世界トップクラスの技術とシェアを誇っているのはあまり知られていない話。

 そこで今回は、化学分野のなかでも幅広い可能性を秘めた素材として、各分野から注目を集める、「Fluon®ETFE(国内製品名:アフレックス®)」をピックアップする。


 
 そもそもアフレックス®とは、AGC旭硝子が開発した高機能のフッ素樹脂フィルムのこと。耐熱性、耐薬品性、非粘着性など様々な性質に優れ、電子部品の離型フィルム、内装材、建材など実に幅広い分野で活用されている。

「フッ素樹脂フィルムといってもひと言で説明するのは難しいですね。開発して販売している我々ですら、その可能性に関しては未知数のところがあります。逆にお客様の方からこうしたことに使えないかという提案を頂いて、それをモディファイすることの方がうまく行くこともありますし。そのなかでも、これがそうです、というもので最もわかりやすいのがアリアンツ・アリーナの壁面ですね」(宮﨑氏)

 それを聞いて即座に姿が思い浮かべられるなら、あなたは相当なサッカーマニア。「アリアンツ・アリーナ」とはドイツ・ミュンヘンにあり、先のW杯ドイツ大会でも会場として使われたサッカー競技場。周囲を取り囲む壁面が、ふんわりとした形状になっているのが特徴だ。そのユニークなデザインの壁面の素材こそが、AGC旭硝子のフッ素樹脂フィルムなのである。

「この壁面はフィルムを重ねて、中にエアーを送り込むことで座布団のような状態にします。それを2800個ぐらい使用しています。強度も問題ありませんし、ガラスではできない曲面も簡単に作り出すことが可能です。また、光の透過性にすぐれ、紫外線も通すので手入れの難しい天然芝のスタジアムでも利用できることも優れた特徴です」

 
 
 
 スタジアム建設が決定した時、当時旭硝子ヨーロッパ支社長だった宮﨑氏は、コンペに参加することを決意。
 当時ヨーロッパでは、フッ素樹脂フィルムを植物園などの大きな建造物に使う事例がいくつかあったが、日本ではまだ小さなビニールハウスに使われる程度。巨大なスタジアムにフィルムが採用されることになれば、まだヨーロッパでは知名度の低かった旭硝子の名前を一躍知らしめることもできる。

「スタジアムの側面および、屋根部分を担当する施工会社の選考が進むなか、私は有力だとみた2社にアプローチをかけていて、それがいい感触でした。しかし、我々が予想した所じゃない会社が受注してしまったんです」

 それでも「絶対にとりたいと思っていた」宮﨑氏は、受注が決まった会社にコンタクトを取る。すでにその会社は、地元ドイツのフィルム会社と話を進めていたが、世界に名だたるガラスメーカーとしての実績や、製品の品質、価格、安定供給できるシステムなどをアピールすることで、見事に逆転で競り勝った。

「当社のネームバリューや将来性を見ていただいたこともありますが、やはり、研究開発もそうだし、大量生産を可能にするサプライチェーンなど、バックヤードにいた会社組織、仲間がいたからこそだと思います。これも原料樹脂の生産から販売まで一貫して行えるメーカーならではの強みでしょうね。今から考えると不利な条件ですよね。よく取れたなっていう。でも、当時は不思議なんですが、取れないということは考えていませんでした」

 そこで実績を作って以降、各方面でフッ素樹脂フィルムが話題となり、最近では北京オリンピックのメインスタジアム、水泳会場でも使用されたほか、来年開催される上海万博の日本館のパビリオンでも採用されるなど、近年ではユニークな建築物の建材としても、確固たる地位を築いている。

「スタジアムをやって何がよかったかっていうと、“これをやりました”っていうわかりやすい事例ができたことですね。元々、『仕事は何ですか』って聞かれて『フッ素です』って言われても一般の方には何のことだかわからないですよね。でも、『アリアンツ・スタジアムの壁面がそうですよ』っていうと、みなさんに、『なるほどね』って言っていただけますから。それもあって今では大きな建造物でフィルムを使いたいというときには、まずナンバーワンサプライヤーの当社に相談するというケースも増えています。今では大きなイベントがあると、うちに受注がこないかなと楽しみにしていますよ(笑)」
 
 
 もちろん、建材以外の分野でも幅広く活用されているが、今後、どういった分野で活用されていくのかというと、まだ未知数の部分も多いという。

「元々は、農業ハウス用に使うために作っていたのですが、それが後にプリント基板や電子部品の離型フィルムといったエレクトロニクス関係に使えるのがわかり、それから建材や、汚れにも強いことから内装材にも使われるようになって」

 さらに、最近では太陽電池にも使えるということで研究開発も盛んだ。

「我々の化学事業部門には『Chemistry for a Blue Planet』というビジョンがあります。そういう意味で、太陽電池のフィルムなどはまさに環境にも優しいし、世の中に役立つものだと思います。今後もいろんなアプリケーションを開発しながら、お客様の要望にお応えするようにしていきたいですね」(宮﨑氏)

 かつてはモノ作り大国として世界をリードした日本も今や、新興国に押され気味だ。だが、この先世界と渡り合っていくには、世界にインパクトを与えられる「モノ」を作り出すことのできるメーカーの台頭が必要不可欠だろう。

「日本人が世界を相手にどの産業で日本人としてのアドバンテージを生かせるのか? それは“メーカー”だと思います。日本人の感性は基本的に農耕民族だと思うので、金融や商社のようにどこかに狩りに行って切ったはったをやるよりも、民族のパワーとしては地道に改善して品種改良してたくさんお米を作る方が向いていると思います。そういう意味ではメーカーというのは日本人の民族としての気質に合っていると思います。就職の選択肢としてこういうのもありだなと思っています」

 自分たちでモノを開発し、世の中にどう役立つかを検証し、そして、それを販売する。こうしたひとつのサークルをじっくり育て上げることもメーカーの面白みであると話す宮﨑さん。
 決して派手ではないが、将来は環境ビジネスの分野においても活躍の場を広げるかもしれないフッ素樹脂フィルム。その未知なる可能性を求めて、今日もAGC旭硝子の挑戦は続く。