来る本格エコ時代の到来を前に、
国際市場における次世代自動車産業の覇権争いが熾烈さを増している。
そんな中、日本の電気自動車は技術でも普及でも現在世界をリード。
今回はその発展を影で支える、経済産業省の産業政策を追う。
 
 
米国オバマ大統領がグリーン・ニューディール計画を打ち出し、金融危機を克服する切り札として、クリーン技術に世界的な注目が集まる中、今、次世代自動車産業をめぐる世界の覇権争いが熾烈さを増している。

 2012年以降の、世界の温室効果ガスの削除目標などを定める気候変動枠組条約、通称・ポスト京都議定書では、米国・中国を含む主要国に、エコ社会への転換が強く求められることは必至。とすれば、ガソリン車からゼロエミッションの次世代自動車への転換は、先進国を筆頭に是非ともやらざるを得ないというのが実情なのである。今後、世界規模でその転換が進むことが確実視されているとあらば、次世代自動車産業でイニシアティブを握ることの経済的意味の大きさは、想像するに易いであろう。このような背景を受け、今、世界各国が次世代自動車の開発を国家戦略に位置付けて取り組んでいるのである。

 もちろん日本も例外ではない。経済政策とともに産業政策を担う経済産業省は、自動車メーカーの電気自動車開発を支援。その他の様々な政策と組み合わせ、官民一体で自動車産業の次世代化に取り組んでいる。果たして、省エネ・カーの第一人者であった日本は、次世代自動車産業においてもイニシアティブを取れるのか。また、日本政府は実際にどのような政策を行っているのか。経済産業省 製造産業局自動車課で、次世代自動車の産業政策に取り組んでいる前田了氏に話を伺った。


 
「電気自動車普及のボトルネックは、電池開発と充電インフラ整備です。実は日本の電池の製造技術は、現状、世界でも群を抜いて優秀であり、これは電気自動車の国際競争力において、日本が優位に立つためのカギを握る存在です。この優れた電池技術により、今夏日本の自動車メーカーから発売されるリチウムイオン電池採用の電気自動車では、1回約7時間の充電で160kmの走行が可能となっています。また、家庭用コンセントで充電を行え、1充電あたりの電気代は100円程度と、ガソリン代と比べ10分の1程度の燃費効率を実現しているのです」(前田氏)
 
 
リチウムイオン電池は、ノートPCや携帯電話などのモバイル機器に使用されている電池で、その性能は近年目覚ましく向上。エネルギー密度が非常に高く、すでに整っている電力網との相性の良さから、電気自動車の電池として最適とされている。そして日本は、この電池製造において世界一の技術を有しているのである。世界で使われているリチウムイオン電池の日本製品のシェアは、実に57%(図1参照)を占め、これは2番目のシェアを持つ韓国の3倍以上の占有率。日本のほぼ独壇場となっているのである。そして日本の自動車メーカーの多くは、こうした電池メーカーと提携し、電気自動車用のリチウムイオン電池を開発しているというわけだ。

 しかしその技術力は、当然ながら多くの海外企業も狙っており、今、世界規模で日本の電池メーカーの争奪戦が繰り広げられているという。現に、電気スポーツカーを発売して有名になった米テスラ・モーターズ社も、実は電池は日本製なのだ。また、今後は電気自動車用電池の需要拡大に伴い、生産体制の整備が必要となることも確実だ。そこで経済産業省は、

 「キー・テクノロジーの流出を避けるためにも、また日本に雇用を創出するためにも、自動車メーカー同様、電池メーカーにも設備投資への資金的支援を行い、日本国内での産業集積を促進しています」(前田氏)

 また、電気自動車の普及にあたっては、技術面以外でも日本には優位性があると前田氏は言う。
 
 「世界において電気自動車の初期マーケットを押さえるためには、国内で大規模な実証を行って開発を加速化し、同時に国内の充電インフラ整備を迅速に進めて、普及のボトルネックを取り除くことが戦略的に重要です。しかし電気自動車の走行可能距離は1充電で160kmと、満タン補充で300~500km走行可能なガソリン車にはまだかないません。そのため生活圏の広い国では、充電インフラを完全に整備するまでは、なかなか実用化に踏み切ることができないのが実情です。
 こうしたなか経済産業省では、日本の生活圏の狭さを利点とし、世界に先駆けて実生活における大規模な実証に踏み切ることを決めました。そして同時に、充電インフラの整備も強力に推進しています」(前田氏)
 
 
 
 
 
経済産業省は、今年の夏から8つの自治体をモデル地区とし、法人を中心に2000台以上の電気自動車を民間に導入して実証を開始する。1台400万円を超すと言われる初期導入コストも、国が通常のガソリン車との差額分の2分の1相当を補助金で充当。自治体によってはさらに補助金を拡充するほか、車両税も減税するなど、初期マーケット開拓支援と導入促進の政策を行っている。またこの実証を踏まえながら、顧客インセンティブの追加、充電インフラの整備も同時に進めていき、来年度以降も徐々に普及を拡大していく考えだ。

 こういった開発支援も導入補助も、経済産業省の産業政策の最終目的は、電気自動車を通して自動車産業が発展することで、日本の経済が活性化され、日本の国富が拡大することにある。一産業、一企業の利益を追うのではなく、変化を続ける市場を捉えて、経済社会システム全体をデザインするのが同省の政策なのだ。前田氏は産業と経済の健全な発展のためには、官民の間で良い緊張感を保つことが重要だという。

 「自動車産業のように成熟した業界で、政府の役割などないと思っていらっしゃる方が多いと思いますが、実はそれは間違いです。我々は2004年には既にエコカー普及を促進する税制支援を政府として立ち上げました。そして2005年時点で、自動車燃料の電化・水素化目標を2050年までに40%、2100年までに100%と設定。2006年には、電気自動車用電池の2030年までの開発戦略と性能目標を表明し、マーケットの予測可能性を高めてきました。アメリカがクリーン技術に注目するずっと前のことです。イノベーションを促進して新たな社会を創るには、官民の間で良い緊張感を持って、役割分担をしながら同じ目標に向かっていくことが重要です」(前田氏)

 経済産業省は、2005年10月に「超長期エネルギー技術ビジョン」を発表。さらに2006年8月には、「次世代自動車用電池の将来に向けた提言」という報告書のなかで、自動車に要求される電池の性能と開発目標を、改良・先進・革新フェーズにわけて発表(図2参照)し、産官学の機能分担と連携のあり方を示している。

 また、企業の市場開拓努力に並行し、いずれ障害になるであろう問題に先回りして手を打っておくのも、経済産業省の役割である。

「例えば電気自動車では、モーターに使用されるネオジム磁石の原料になるレア・アースを、中国からの輸入に頼っています。今後、世界規模での電気自動車の普及に伴い、レア・アースの大幅な値上げが懸念されます。そのため、積極的な資源外交による資源確保の努力とともに、今からレア・アースを使用せずに生産できる磁石の開発にも取り組んでいるのです」(前田氏)

 長期を見通して有望分野にフラッグを立て、ロードマップを描いて資源の再配分を促す。そして、企業トップと密接に連携をとりながら、資金的支援やインフラ整備、購買インセンティブ供与といった、電気自動車産業が健全に発展していくためのレールを作る。さらには、産業の根幹を揺るがすようなリスクに早い段階で対処する。経済産業省の現場には、「我々はゲーム・プレーヤーではなくゲーム・メーカーとして世界を変えている」という自負がある。新たなサービス創出の主役になることはないが、経済産業省が水面下で先に立ち、後押しをしているからこそ、電気自動車は技術面でも普及面でも、世界をリードできているのであろう。

 そして、優位性を保ったまま、世界市場を席巻するためにも、今後もやるべきことは何でもやっていく必要がある。何せ、同じ自動車と言えど、ガソリン車と電気自動車では異なることの方が多い。電気自動車に関わるすべての人の共通の想い、それは「世界で勝ちたい」ということ。最後に前田氏は、「グローバル化が進んだこの時代、国境を越えていくビジネスに真に必要とされる政策を作るのは大きなやりがいです」と語ってくれた。